半導体ロゴ

3/20 世界を飛び回るマネジメント・イノベーターの挑戦~企業変革キャリヤの軌跡~ 中野 哲浩

 人の行く裏に道あり花の山

この度、企業変革経営者として世界を飛び回る私の”挑戦”の姿を紹介してほしい、と加納先生より光栄なお声掛けを頂きました。実際、私のキャリアは、経験豊富な人材エージェント、ファンドや銀行などの金融関係者からも、”中野さんみたいな人は滅多にいない。珍しい。”とよく言われます。ただ、私的には、この激変の21世紀における(経営)キャリアのあり方として、変化を通じて力を付けていくことは、普通にあるべき姿のひとつだと思えます。恐縮に思うところも正直ありますが、ご参考にして頂ければ幸いです。私はこれまで、大小、国内外の企業計5社(メーカ、技術/製造サービス、専門商社)にて、
様々な改革/戦略経営を推進し、いくつもの壁を乗り越えることで新しい能力を培ってきました。このある意味多様な経験は、半分は偶然ですが、残り半分は自分で意識して選びとってきたものでもあります。多様性が自分の力と価値になり、より大きな貢献に資することができるとの確信があるためです。2015年欧州会議をフランスの古城ホテルで開催。各国現法幹部と歓談


① デンソー在籍時に、携帯電話の設計者としてキャリアをスタートした後、特許活動(知財係争、特許活動全体の仕組み作りと運営。自身も20件の国内登録特許を取得)、全社的合同特許出願プロジェクトの企画と運営(本プロジェクトで社長賞受賞)、経営企画として事業部中長期戦略策定と推進・各事業部重点施策のモニタリング、ミシガン大学MBA留学、日独合弁関連企業での管理部門GMを経験し、その後の経営者キャリアに進むための基盤を築くことができた。

★乗り越えた壁:部門間の壁、部分最適から全体最適への転換、2~3年毎の異なる専門分野習得(開発・設計→知財→技術企画→経営企画→管理(経理、法務、総務))一般社員、係長の立場で他部門の部次長からの協力取り付け

② リーマンショック最中にデンソーを卒業しJOHNANという下請け製造メインの中堅企業に転職、入社後まもなく事業再生モードに突入。事業と子会社の再編、リストラ、(一部社員が属する)急進的な組合との交渉、産学官連携研究活動の選択と集中など痛みを伴う改革を遂行。売上増に繋げるべく、新戦略「製造支援ソリューション」を構想立案し、その具体論を推進すべく自身が先頭に立つ全員営業体制を構築し大口顧客中心に訪問、HP・パンフレットの抜本的作り直しによる営業ツール整備、少ない営業マン数でも回せる商社・大手顧客の開拓も推進。この時の情報発信が、その後の成長の鍵となるM&Aにも繋がった。社内外の教育にも力を入れ、役員が講師となっての全社教育実施。同志社大学とラオス国立大学で講師も担い、京都工業会、経営者協会などで基調講演を含む講演を行うことで、社会貢献と企業の広告活動を兼ねる戦略的CSRを推進した。二年後には何とかV(L)字回復したのを見届け、常務取締役というNo.2の立場ではあったが卒業し、次の成長機会へ。2016年シリコンバレーを闊歩する米国アーク会長CEO(私)と社長COO(カルロス)

★乗り越えた壁:アウェーでいきなりの事業再生、大企業とは異なる無い無い尽くしの中小企業環境、
     オーナー企業文化の受容と科学的経営との整合取り、旧経営陣から新経営陣への移行(第二創業)、
     経営者の集まりでの講演会・大学講師として通用するコンテンツ作りとプレゼン

③ ミスミでは社長補佐として入社後、クロスボーダーM&Aと調達再編に従事。特に中国企業のM&Aでは企業価値評価、株式売買交渉、契約書作成を担い、契約成立まで副GMの立場でリードした。


★乗り越えた壁:日本有数の戦略ノウハウの習得、日本有数の高プレッシャー(ある意味知的ブラック)環境でのサバイバル

④ 次に、東証一部上場ながら、機構が入って再生支援をしていたアークに、グローバル事業企画を担う執行役員として入社。
毎月ほぼ二回海外出張で日米墨中台泰馬英仏波を飛び回り、赤字子会社の黒字化、泰・中台・北米の各エリア戦略は自ら策定と推進、日本・海外の投資戦略策定と推進、グローバル中期計画策定を行った。それまでほぼ独立運営されていた欧州各国事業とも関わり、他エリアと連携する仕組みを構築・運営。中計が回りだしたタイミングで、自ら立案した中台戦略を担えということであったか中国子会社も管掌する台湾現法の総経理(社長)に就任し、台湾二社と中国二社の統合と連携、半年でPMIを完遂し、中国企業の業績改善と台湾企業の成長に繋がる投資までを赴任後9か月で実施した。台湾・中国の目途が立ったという本社社長判断で、事業構造と組織的問題がシリアスであった米国現法の会長CEOを拝命、半年で一定の目途を立てたところで一通りのやり切り感あり卒業。全社のリーダーズ研修にて戦略経営の講師を担い、執行役員から部課長、係長クラスまで計百人ほどに対して、数十頁におよぼオリジナル教材を作り、実践的な戦略ノウハウ・思考法を伝授した。2015年台湾現法創業者を送り出す記念パーティーにて、送り出す(買収)側代表として中国語スピーチ


★乗り越えた壁:複数の異文化が交じり合う経営環境での統合・統制と各個性の活用、
  本社と海外現法のコミュニケーションギャップ、
  中国語環境かつ創業経営者が残る中での経営舵取り、各種コンプライアンス問題への対応、
  重要な稟議・戦略答申(三年間役会、戦略会議で私が行ったプレゼンの略全件で承認獲得)

⑤ 現在は、シーラックスという自動車部品を扱う技術商社にて、取締役経営企画室長を担っている。典型的なオペレーションに注力した優良企業に、組織経営を導入し戦略推進することが私の主要ミッションである。入社後の半年で経営理念から行動指針、戦略、各部門方針まで策定し、いくつかのボトルネックも解消。その後の一年で事業計画の実績と重点施策の月次管理は定着してきている。一年間続けた毎週火曜日の早朝勉強会で有望な若手十名近くも育ってきた。業績だけでなく、経営管理と組織人材の層の厚さを上場企業レベルまで持っていくことが今後の目標である。


以下、最後に私が大事だと思っていることをいくつか挙げさせて頂きます。

  • 経営職とはキャリアのゴールではなく特定部門の親分でもなく(そんな悠長なことはもうしていられない時代)、企業の命運を握る経営機能を司る総合格闘技的プロフェッショナル職。早くからいろいろ経験すべき。
  • 理系出身者は、意外と会計、ファイナンスが得意になる素養がある(MBAではまる理系出身者も結構いる)。
  • 経営を科学し、イノベーションを起こす。シュンペーターのイノベーションの定義のごとく、技術革新だけでなく経営も複数  要素の新結合からイノベーションが生まれる。
  • 「いいものを安く」で通用する時代は20年前に終了。今は「顧客がお金を払う価値をいち早く過当競争を避けて」が  重要。そのために、戦略(過当競争を回避し利潤を確保)とファイナンス(スピードと規模を獲得)を武器にして、そられの掛け算で勝ちに行くことが肝要。それを数字も確り使って実践することを経営という。
  • 「失われた二十年」という言葉があるが、この二十年間経済成長していない国は世界中で日本ぐらい。世界第二位の経済大国というリソースに恵まれた環境を活かせず二十年を過ごしたことは奇妙とさえ言える。この驚愕の事実を知ったうえで、変わっていくことの意義を捉え直すことは、意味がある。
  • 既得権益にしがみつかず、時にはあえて捨てることで新しいものが得やすくなる。新しい知見を得るためのポジションを積極的に取っていくことが差別的優位性に繋がっていく。
  • 「英語」か「内容」かではなく、「英語」も「内容」も両方ないと始まらない。伝わらない=ゼロ。但し、英語が流ちょうなばかりの英語屋は必要ない。品の悪くないビジネス英語が道具化できれば十分。
  • 知識<考え方と行動
  • 情と理: 情は、先天的なものもあるが、人生における喜怒哀楽と熱意の総量で決まる。理は、論理と基準。後天的に身に付けられるものでもある。
  • リーダーとは、文字通り、周りをリードし結果を出す人のこと。
  • スポーツでも学業でも仕事でも、チャレンジすることは素晴らしい。「やってみなはれ」
  • キャリア伸展の際には、必ず、チャンスをくれる人/引き上げてくれる人/応援してくれる人がいる。
    決して、自分ひとりで全部うまくやれる訳ではない。期待に応え恩返ししたい気持ちが原動力のひとつ。「一期一会」
  • リスクテイク:価値増に繋がる経験・知見が積めるならば、新天地・新分野へのチャレンジは取ってもいいリスク。経験・知見が増し、ファイティングポーズを取り続ける自分がいる限り、失うものはそうはない。逆に、チャレンジがリスクだと恐れる人が周りに多いならば、それは自分にとってチャンスと思えるかどうか。「人の行く裏に道あり花の山(株式投資の有名な格言)
  • 自分もまだまだ発展途上。これからもチャレンジを楽しみ精進していく。
  • 「僕の前に道はない。僕の後ろに道はできる」